出産後〜退院まで — パパ目線で振り返る、あの数日間

生まれた瞬間 母子ともに無事——その言葉に、すべての気持ちが詰まっていました。 妻が出産の負担から解放されたことへの安堵、元気な鳴き声を上げるわが子の姿。お腹の中で動いていた「あの子」と、ようやく会えた瞬間でした。 画面越しやエコーで見ていたのとは全然違う。目の前にいる、という実感がじわじわと押し寄せてきました。 入院中はパパも一緒に泊まれた 入院中、パパも一緒に泊まることができました。夜は鍵がかかるシステムだったので、施錠前に院内に入っていればそのままお泊まりOK。面会時間内であれば人数制限もなく、妻の両親も私の両親も、孫の顔を一目見に来てくれました。 「帰ってからの準備」より「今」を大切に 実は入院前、家での受け入れ準備をいろいろと計画していました。でも、実際に入院が始まると計画通りにはいかなくて。 出産直後の女性はメンタルが不安定になりやすい、というのは知識としては知っていましたが、やはり目の前で妻の様子を見ると、今そばにいることの方がずっと大事だと感じました。帰ってからのことも大切ですが、まずは「今」を優先する。ほぼ毎日一緒に泊まることにしました。 ただ眺めているだけで幸せだった ミルクやおむつの時間以外、赤ちゃんはよく寝ていました。 その寝ている姿を、妻とふたりでただじっと眺める時間。「飽きないね」と話しながら、何時間でもそうしていられそうでした。「幸せってこういうことか」と素直に思えた、静かな時間でした。 妻の回復と、「任せてくれていいのに」という気持ち 無痛分娩のおかげか、同じタイミングで出産された方と比べて、妻は少し早く動けている印象を受けました。 ミルクやおむつも「まず自分でやる」と言って、私はほとんど手を出せずにいました。内心「任せてくれていいのに…」とも思いましたが、妻の気持ちが優先。その思いは、ぐっと飲み込みました。新米パパのポジション争いは、まだまだ続きそうです。 退院の日——チャイルドシートに意外と緊張した 退院の日、想定外に緊張したのがチャイルドシートへの乗せ方でした。 こんなに小さな体を、正しく固定できているのか。病院の看護師さんがお見送りのついでに一緒に手伝ってくれたのは、本当に助かりました。 家に着いて、ベビーベッドにそっと寝かせた瞬間。「新しい生活が始まるんだ」と、ようやく実感できました。 お腹の中にいた頃から、ずっと楽しみにしていた。でもいざ始まってみると、覚悟していた以上に「やることがわからない」の連続でした。それでもあの数日間は、間違いなく人生の中で大切な時間のひとつです。

April 27, 2026 · 1 分 · Coo5o3

なぜ子どもを持とうと思ったのか — 「わからない」から「欲しい」に変わるまで

マッチングアプリの「子ども希望」欄 マッチングアプリには、身長・体型・年収・趣味など、さまざまな自己紹介項目があります。その中に、「将来子どもが欲しいか?」という項目がありました。 選択肢は「はい」「いいえ」「わからない」の3つ。 私も妻も、「わからない」 を選んでいました。 なぜ「わからない」だったのか 子どもが欲しくなかったわけではありません。ただ、考えれば考えるほど不安が出てきていました。 先行きの見えない不安 自分に子育てができるのか? 金銭面は大丈夫か? 体力的についていけるか? 世の中の情勢 親としての責任の重さ 子育て以外に使える時間が減ること どれも「大げさ」ではなく、真剣に考えたからこそ出てきた不安でした。だから「はい」とは言い切れず、「わからない」が正直な答えでした。 気持ちが変わっていったきっかけ そんな私たちの気持ちが少しずつ変わっていったのは、それぞれ別のきっかけからでした。 妻の場合は、周りに子どもと触れ合う機会が増えたことだと思います。友人の子どもを見る機会が増え、私の兄弟の甥っ子・姪っ子とも接することが増えて、自然と「子どもがいる生活」が身近になっていったのだと思います。 私の場合は、もう少し個人的な出来事がきっかけでした。 祖母と祖父が続いて亡くなりました。 「命」について考えるようになった 当たり前のことかもしれません。人は生まれたら、いずれ亡くなる。 でも、その当たり前の出来事を自分の目で見て、改めて感じました。こうやって世界は回っているんだ、と。 命が生まれて、育って、そしていつか終わっていく。そのサイクルの中に自分もいるんだと思ったとき、子どもを持つということへのハードルが、少し下がった気がしました。 「不安がなくなった」わけではありません。でも、不安よりも少し大きなものが心の中に生まれた感覚でした。 子どもを持とうと決めた理由を一言で言うのは難しいです。でも、あの祖母と祖父のことは、間違いなく私の背中を押してくれた出来事のひとつだったと思っています。

April 26, 2026 · 1 分 · Coo5o3

「無痛分娩」は無痛じゃない — 立ち会い出産で感じたこと

休日に始まったお産 陣痛が来たのは、たまたま休みの日でした。 陣痛 → 破水 → 入院 → 出産、その全てに立ち会うことができました。麻酔の処置など一時的に席を外す場面はありましたが、それ以外はずっと妻のそばにいられました。これは本当に良かったと思っています。 「無痛分娩」という言葉への誤解 妻の希望で、無痛分娩を選びました。 「無痛」という言葉のイメージから、てっきり痛みがほとんどないものだと思っていました。でも実際は違いました。 お産がある程度進まないと、麻酔を入れることができないのです。 入院してから麻酔が効くまでの間、妻は普通の陣痛と同じ痛みに耐え続けていました。 何もできない無力感 その時間が、正直一番つらかったです。妻にとっても、私にとっても。 痛みで苦しんでいる妻に、私にできることは背中をさすることだけ。それ以外、何もしてあげられませんでした。「頑張れ」という言葉も、なんだか軽く聞こえてしまいそうで、言えませんでした。 ただそこにいて、背中をさするだけ。 その無力感は、今でも忘れられません。 麻酔が効いてから 麻酔が入ると、妻の表情が少しずつほぐれていきました。 さっきまでの苦しそうな顔が嘘のように、落ち着いた様子に。一瞬うとうとするくらいリラックスできていて、その顔を見てようやく私も息ができた気がしました。 無痛分娩を選ぶ方へ もし普通分娩か無痛分娩か選べる立場なら、私は迷わず無痛分娩を勧めると思います。 費用は病院によって異なりますが、約10万円ほどかかります。決して安くはありません。でも、妊婦の体への負担が確実に違うと、入院中も退院後も感じました。 出産は体力勝負だと思っています。もし無痛分娩でなかったら、麻酔が効くまでの痛みの時間でかなりの体力を消耗して、いざ赤ちゃんを産む瞬間に体力が持たなかったのではないか、と思うくらいです。 費用の面は確かにあります。でも妻の体のことを考えると、選べるなら無痛分娩は十分に価値があると感じています。 妻、本当によく頑張ったと思います。 +++

April 23, 2026 · 1 分 · Coo5o3